るりかけすの空は

楽譜屋という特別な場所

いくらでも時間をつぶせる場所というのがある。
それは人によって本屋かもしれないし、お気に入りカフェだったり、自分の好きなものを売っているショップかも しれない。

私の場合、それは楽器店の楽譜売り場である。
それなりに本好きではあるけれど、本は座ってゆっくりお茶でもすすりながら、もしくは寝る前に布団にもぐって 読みたい。本屋はどんなに頑張っても3時間くらいまでだ。

しかし、楽譜だけは違う。
始まりは小学生4年生の頃。場所は銀座にあるヤマハの楽譜売り場。
そこは私にとって、まさに楽園だった。
今行くとそれほど広いとは感じないが、毎日のように通っていた地元の楽器店には、申し訳程度の楽譜しかなかった こともあり、小学生にとっては十分過ぎるほど広く、その一面が楽譜で埋め尽くされているのかと思うだけで ゾクゾクした。
フロアに足を踏み入れる時の興奮は身体にしっかりと刻み込まれていて、今でも鮮やかに思い出すことができる。

当時、埼玉から銀座まで行くこと自体が遠足のようなものだったが、日曜日ともなると朝早いうちに上野行きの 電車に乗り、ドキドキしながら銀座線に乗り込んだものだ。
ほぼ開店と同時に店に入り、帰りの電車が許す限り楽譜を眺めていた。
高額な楽譜を買うおこずかいなど持ち合わせてはおらず、銀座へ行く電車賃だけで精一杯。
でも弾いてみたいと思う曲は山ほどあって、その曲の楽譜をひたすら眺めては頭に叩き込んで帰って来る。
あるいは、知らない曲の楽譜を読んでは、その曲を頭の中で鳴らしてみる。
レコードがなくても、自分の頭の中で新しい曲に出会う喜び。
それはどこへでも飛んでいける、まさにめくるめく「旅」だったのだ。

こんな生活は中学生になっても続いた。
むしろオペラや合唱曲まで覚えてしまったので、滞在時間は延びる一方だった。
今でも楽譜売り場なら、いくらでも時間を潰せる自信がある。
海外で町をそぞろ歩いていても、まず目につくのは楽器店。ショーウィンドウにピアノやギターが飾られている店を 見ると、迷わず店に入って、楽器を触ったり、ついつい楽譜を買いあさってしまう。日本では決して手に入らない 原典版が信じられないようなディスカウント価格で売られていたり、その国のトラディショナル(伝統音楽)の スコアが豊富に売られていたりする。どうしても欲しくてたまらなかったビゼーの『ラインの歌』という楽譜を 探して、ウィーンの楽譜屋を訪ね歩いたこともある(ドイツやオーストリアには楽器屋付属の楽譜売り場ではなく、 れっきとした「楽譜屋」がある)。

海外の楽器店、楽譜屋にはセンスの良い五線譜ノートなども種類豊富にあって、これまたすぐに欲しくなってしまう 。今では読譜より自分で曲を書く方が圧倒的なので、五線譜集めは創作の重な要素にもなっている。

神聖とさえ言える、自分だけの特別な場所。それが私にとっては楽譜売り場なのだ。


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ウィーン一の老舗、Doblinger

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Doblinger店内

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ヘンレ原典版。このブラームスもDoblingerで購入した一冊。

(これは2009年8月20日、BOOK246のコラムに掲載されたものです)
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by sorapis | 2009-10-09 04:42 | Travel:るりかけすの旅

シンガーソングライターるりかけすの山と本とサブカルな日々の話。
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