るりかけすの空は

カテゴリ:Review:カルチャー( 24 )




視線の先にあるもの ー 舟越桂展

久しぶりに目黒の庭園美術館へ行った。
元々朝香宮邸として昭和8年に立てられた建物を、そのまま美術館として公開している東京都庭園美術館。広大な緑溢れる庭園に囲まれ、自然とアール・デコ調の洋館、美術作品の三者をあわせて楽しむことができ、何度行っても大好きな場所だ。

今回のお目当ては、彫刻家の舟越桂(1951〜)の作品展、「舟越桂 夏の邸宅 アール・デコ空間と彫刻、ドローイング、版画」展。

天童荒太の小説『永遠の仔』や私の敬愛する須賀敦子の『コルシア書店の仲間たち』の表紙を飾っている人物の彫刻、と言えば分かる方も多くいらっしゃることだろう。

彫刻に関しては、写真だけでもその十分に圧倒的な存在感と、独特の輝きを持ったその目に惹かれていたのだが、今展では実物が見られるということで本当に楽しみにしていた。

手が触れられるほど近くで作品を見て、私はただただ言葉もなく彼らの傍らに立ち尽くし、静かな声に耳を傾けて時を過ごした。

従来の見慣れた作品群と共に、いつからか大きく変化している作品群を同時に鑑賞することができたのも興味深かった。
それもそのはず。今回の企画展は2003年に東京都現代美術館などで開催された大規模な個展に関わったキュレーターが、従来の作品とその後の新作を含めて、氏の想像活動を再検証する機会として、今回の展覧会を企画したものだったらしい。

近年氏が取り組んでいるというスフィンクスの連作。
肩まで垂れる長い耳を持ち、まるで神と人の間のような不思議な神聖さをたたえた顔に両性具有の身体。
要するに「異形」なのだ。
スフィンクスだけでなく、近年の作品には身体のリアリティはない。それだけに「目に見えるもの」から、内面の精神世界が表出した「真の姿」へと変化を遂げているのかもしれない。

ただ、従来の作品と容姿が変化を遂げても、変わらないものがある。
それは、その深くてどこか憂いを含んだ目の輝きと、視線の行方である。
少し斜視がかり、遠くを彷徨う視線。
その目について舟越氏が語っていた言葉がとても印象に残った。

遠くにあって、いちばん分からないもの。
それが自分である、と。

つまり、彫刻の人物たちは自分を見ているのだ。
こうして舟越氏は作品像の目を介して、それを見る人たちの内面に入り込み、遠くにいて分かりにくい自分を眺めさせてくれる。
その瞑想にも似た行為が、見る者をこんなにも静かで穏やかな気持ちにさせてくれるのだろう。
「自分探し」だとか「本当の自分とは」などと言う人言葉が一人歩きしているような中で、氏はそういった押しつけがましい言葉ではなく、作品を通じて自分を見つめさせてくれるアーティストなのだ。

また、感動したのは彼の作品のタイトルである。

「言葉の降る森」
「地図を渡すきっかけ」
「深い水の内側」
「言葉をつかむ手」
「肩に残る手」
「夜の降る山」

ちなみにこれらの名前がつけられた作品は、風景画でも抽象画でもなく、すべて人物の彫刻や版画なのだ。
まるで詩の一説のような、それを読んだだけでも歌や物語が出来てしまいそうな、叙情的なタイトルが彫刻だけでなく、版画などすべての作品につけられている。
想像力をどこまでも刺激された素晴らしい一日になった。

d0103656_18365179.jpg

展覧会は9月23日(火)まで開催されている。お近くの方はぜひ。

美術館といえば、併設されているカフェも楽しみのひとつ。
庭園美術館の併設カフェ「茶洒(サーシャ)」は老舗料亭「金田中」が手がけるカフェレストランで、入るのは今回が初めて。
珈琲とずんだ餡の冷やし汁粉を注文。
コーヒーはカップではなくお椀、添えられているのは砂糖ではなく和三盆。ずんだ餡は上品ですっきりした甘さで美味。ただし、掌にすっぱりと収まるほどの小さなお椀に入ったお汁粉は、私には量も上品過ぎ。確実にあと4杯はおかわりできる(笑)。

とはいえ、夕方のゆるやかな光が揺れる店内で、とても贅沢なひと時を過ごすことができた。
次回はぜひ食事を頂いてみたいと思う。
d0103656_18382265.jpg

[PR]



by sorapis | 2008-08-01 17:52 | Review:カルチャー

眩しすぎる音楽

 バッハ=ブゾーニ版の『シャコンヌ』、いわゆる『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番』のピアノ版を聴くたびに、眩暈に近い感覚を覚える。
 初めて聴いたのは、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリの演奏だった。モノラル録音であることを感じさせないほどの熱演であり、名演である。その後アレクセイ・ワイセンベルクなど様々なピアニストの演奏を聴いてきたが、やはりミケランジェリを超える演奏が私の中では存在しない。
 簡潔でありながら荘厳なヴァイオリンの原曲よりも、どちらかと言えば、ブゾーニ編曲のピアノ版の方が好きだ。ただし、それはバッハの音楽としてではなく、すでにブゾーニの音楽なのかもしれない。ミケランジェリの演奏を何度聴いたか分からないが、これは「神様の音楽だ」と思っていた。眩しすぎて、目をつむっていないと聴いていられない。こぼれ落ちるほどの音たちが、息もつかせずに空中で砕け散る。飛び散った音の破片がキラキラと降って来る。そんなイメージがまぶたに浮かんでは消える。素晴らしいのだが、呑まれてしまうと、息をするのさえ忘れてしまう。
 久しぶりにミケランジェリの名盤を引っ張り出す。眩しさは少しも色あせていなかった。それどころか、まともに受け止めるには歳を取ってきたな、などと思った(苦笑)。でも、一生かかっても弾けるようになりたい曲のリストに名を連ねたことは確かだ。
 
[PR]



by sorapis | 2007-01-13 01:07 | Review:カルチャー

クリスマスプレゼント~忘れていたもの~

子どもの頃、決まってクリスマスプレゼントに頼むのは図鑑だの本だった。しかも普段では買えないような大型の本。自分でも買って、年末に読みふけるというのが最高の贅沢だと思っていた。結局は目先にある娯楽や家の手伝いにかまけて、ほとんど読み終えることなどできないのだが…(苦笑)。
さて、本題。今年のクリスマスプレゼントはかなり早くに決めていた。本ではないが、大好きなドイツの作家、エーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』のDVD。クリスマスにピッタリだ。
 私自身は10月にこの映画を観た。そして、子供にだって立派な世界、子供の社会があったことを思い出した。その世界の中で、子供たちは大人と同じように悩み、闘い、笑い、精一杯生きている。子供だったからこそ必死だった。必死になれた。
 この映画を観て、忘れていたものが胸に溢れた。
d0103656_2246485.jpg
そして、ヨーハン先生の子供たちを見守る視線のあたたかさに涙が溢れた。
厳しく叱っても、最後は褒める。教育の原点を見た気がした。先生の言葉は私の中にいる子供の心に響いた。自分もこんな先生に出会えていたら、と思いながら…。
子供たちの演技も思わず笑みがもれるほどそれぞれに素晴らしく、映画としての完成度も高いと思う。ケストナーは児童文学としての位置づけをされているが、ぜひ大人に観てもらいたい作品。
[PR]



by sorapis | 2006-12-24 22:00 | Review:カルチャー

『明日へのチケット』

良い映画を観た!!
観終わった後、思い切り笑顔になった私。
今公開中のアイルランド独立戦争を描いた『麦の穂をゆらす風』のケン・ローチ監督ということで観に行った。
実際はケン・ローチ監督を含む3人の名監督の短編の連作のような構成。3篇はわずかにリンクし合い、ひとつの見事なタペストリーを編み上げている。
インスブルックからローマへ向かう同じ列車の中での出来事とは思えないほど、それぞれにドラマがある。原題は『TICKETS』。1枚1枚のチケットに人生がある。
d0103656_20553938.jpg

そして、ドイツ語とイタリア語が飛び交うインスブルックの様子が、まだつい昨日のことのように私の中によみがえり、とても懐かしかった。
[PR]



by sorapis | 2006-11-29 20:37 | Review:カルチャー

シンガーソングライターるりかけすの山と本とサブカルな日々の話。
by sorapis
プロフィールを見る
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30