るりかけすの空は

ミヒャエル・エンデの本棚


惚れ込むほどの文学作品や音楽に出逢った時、
その作者やアーティストなど、本人についても知りたいと思うのは当然の成り行きかもしれない。
たとえば、大学の卒業論文などで特定の人物に焦点を当てて研究しようとすれば、その人の生まれや生い立ちなどを調べることは大前提であるし、それらを知ることで、より深く作品を深く理解できるようになるというのもある。

しかし、私には作品自体の存在が特別過ぎて、
作者については知る必要をほとんど感じなかった人物が3人いる。
つまり、作品だけで十分に世界が完結しているとも言えるし、作品以外の説明は要らないほど、作品を通して作者が見えるように思える場合もある。
そして、そういう思い入れのある人には、見えない不思議な力に導かれて、いつかどこかで少しだけ交わることがある。
今回はそのうちの一人の話。

昨年の夏、私はドイツに滞在した。
一言で言えば山に登るためだったのだが、拠点となる町選びに頭を悩ませた。
結局、辿りついたのはオーストリアとの国境に近いバイエルン州南部に位置する
ガルミッシュ・パルテンキルヒェン。
ババリアン・アルプスに登るには最適な町である。

登山を目的としている場合、山行計画を立てるための詳細な地図と天気予報が必要だ。
そのため、町に着くとまずツーリスト・インフォメーションへ向かう。
そこで私の目に飛び込んできたのは、ボサボサ頭にぶかぶかのロングコート、カメを連れた女の子の後ろ姿が描かれたポスターだった。

そう、これだけで好きな人にはお分かりだろう。
ミヒャエル・エンデの名作『モモ』の主人公、モモである。

それにしても、なぜこんなところに?
近づいて見ると、インフォメーションから程近いクアパークでエンデ展をやっていることがわかった。

子どもの頃から大好きでたまらなかったミヒャエル・エンデ。
『モモ』や『はてしない物語』が有名だが、メルヘンの形式を取りながらも、
現代が抱えている様々な問題を鋭く指摘する作風は、
単に「児童文学」や「ドイツ文学」とひとくくりには出来ない重要な位置にある。

そして、まさに彼こそ、その作品群が私には特別過ぎて、
エンデ自身については知ろうとしたことがなかった人物のひとりなのだ。

初日の山行から帰ると、疲れた足も何のその、クアパークへと向かった。
戯曲を中心としたエンデ作品の紹介、エンデの父でシュールレアリスムの画家として名高いエドガー・エンデの作品など、小さいながらもよくまとまった展示を堪能した。
興奮冷めやらぬままミュージアムを後にし、登山で疲れた身体を休めるために町のカフェに腰を落ち着ける。
その見上げた視線のすぐ先には、「Michael Ende Platz(エンデ広場)」とある。
このように町のいたるところにエンデの文字が見られた。

なぜ、とは思ったものの、それらがあまりにも町に溶け込んでいて、
それ以上調べはしなかった。
それよりも、思いがけないところでエンデに出会えた喜びと
エンデの作品を夢中で読んだ日々のことがとても懐かしく思い出されて、
胸がいっぱいだった。

帰国して驚いた。
というより、知らなかった自分に呆れ果てた。
エンデがガルミッシュに生まれ育ったということは、ファンはもちろん、
ドイツ文学を知る人にとっては常識だったのだろう。
しかも、今年のエンデの命日には、彼が没し、埋葬されているミュンヘンに私はいたのだ。

いくら知らなくてもいいとはいえ、エンデファンとしてこんなにもったいない話はない。
わかっていれば、訪れたい地も見ておきたい資料も山ほどあったのに。

しかし、調べて行くうちに、失望は喜びに変わっていった。
知らず知らずのうちに、エンデに縁のある場所を訪れていたのだ。
あそこも、ここも。
驚きと懐かしさが渾然となって私を喜ばせた。

さらに帰国後も偶然は続いた。
ふらりと立ち寄った友人宅近くの公民館にフリーブックコーナーが設置されていたのだが、『マーフィーの法則』や『脳内革命』といった本の中に、長い間探し続けていた『EDGER ENDE & MICHAEL ENDE エンデ父子展』という図録が、
明らかに異彩を放って並んでいるのを発見したのだ。
思わず我が目を疑ったが、友人のおかげで今は我が家の本棚に嬉しそうに(見える)収まっている。

そして、同じ棚に新しく飾られたポストカード。
このカードは12年前に初めてドイツを訪れた際、名前も覚えていないような小さな村で見つけたもの。
もはや何の店だったのかも思い出せないが、そこで私は1枚のポストカードにどうしようもなく惹かれた。

ドーム型の天井まである壁一面の本棚。
その前に立てた脚立に、脇にもにひざの間にも本をはさみ、両手には別々の本を広げて読書に没頭する男性が描かれている。
この美しく、本好きならばクスッと笑ってしまうユーモラスな絵が何者なのか、
店主に聞いても「ドイツ人の画家が描いた古い絵だ」としかわからなかった。

当時はウィキペディアのような便利なものはもちろん、ネット検索でさえ一般的ではなかったから、調べようもなかったのだ。
ただ、とても大切にしていて、時々取り出しては眺めたり、手帳にはさんで持ち歩いたりしていた。

エンデについて調べていくうちに、『M・エンデが読んだ本』という本があることを知った。
ゲーテからマルケス、シュタイナーやトールキンなどエンデに影響を与えた25作品を、彼自身が編んだアンソロジーである。
何とその本の表紙がまさにこのポストカード、「Der Bücherwurm(本の虫)」だったのだ。
なぜエンデが(それとも編集者が?)この絵を表紙に使ったのかは不明だが、エンデと共通項が出来たようでとても嬉しくなってしまった。

それをBOOK246のスタッフに話した数日後、そのスタッフが神保町から電話をかけてきてくれた。
初版本を見つけてくれたのだった。

エンデの本と件のポストカードが並ぶ本棚を前に、毎日のご飯が美味しい今日この頃である。


※この後、岩波書店の坂本純子さんから、表紙の絵は訳者の丘沢静也さんの選によるものだと判明。
坂本さん、お忙しい中をありがとうございました。

d0103656_201352.jpg
GarmischにそびえるAlpspitze頂上付近。
谷底まで5時間近くかけて岩場を下る。

d0103656_21293.jpg
『モモ』ドイツ語版

d0103656_222022.jpg
エンデの本を吊るした館内

d0103656_22538.jpg
エンデ広場

d0103656_232088.jpg
『M・エンデが読んだ本』
[PR]



by sorapis | 2010-03-09 01:42 | Travel:るりかけすの旅

シンガーソングライターるりかけすの山と本とサブカルな日々の話。
by sorapis
プロフィールを見る
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31