るりかけすの空は

オーガニックを考える。 映画『未来の食卓』

人でも、本でも、映画でも、何でも。
めぐりあわせというもの、逢うべき時に会うべくして出逢う人、もの、こと、
というのがあるように思う。

などとカッコいい言い方をしてみたが、
先日、ドイツから帰国した翌日のこと、
観るべき時に観るべくして出逢った映画が『未来の食卓』。

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その日、ふらりと入ったアップリンク1階のレストランTabela
ランチはサラダお代わり自由なのね、ここのグリーンカレー美味しいねぇ、
などと感激しながら(やっぱりゴハンは日本が一番美味しいんだもの)
本をぱらぱらめくっていたその時。

アップリンクかぁ、映画観たいなぁ。
そういえば、最近映画観てないな。

と思ってしまった瞬間、
かなりの映画好きな私としてはいても立ってもいられなくなった。
今上映しているのは・・・
あ、『未来の食卓』。

代官山のヒルサイドパントリーにポスターが貼ってあったり、
いつも読む雑誌で見かけたり、
何となく気になる存在ではあった作品。
どうしても観たい!というわけでもないけれど、やっぱり気になる。
何より映画が観たい。
時計を見ると、上映時間ジャスト!!
急げっ。
かくして無事にシートに着席。

この作品は2008年にフランスで公開され、
大ヒットを記録した食にまつわるドキュメンタリー。
小学校の給食をすべてオーガニックにするという画期的な試みを導入した、フランス南部のバルジャック村の約1年を追いかける。
ここに登場するのは、穏やかで美しい村に暮らすごく普通の人々ばかり。
この美しくのどかな風景とは裏腹に、バルジャックには農薬による土や水の汚染による病、ガンや神経症などが、子どもにも大人にも確実に忍び寄っていた。

この深刻な事態から子どもたちを守ろうと、村が動き始める。
野菜を育てながらオーガニック(BIO)食品の味を覚え、
本来の味覚を取り戻していく子どもたち。
そんな子どもと共に、大人たちは本気でBIOについて考え始める。


オーガニック。
つまり農薬や化学肥料などを使わない有機栽培のことだが、
ヨーロッパではBIO(ビオ)と言われている。
最近渡欧するたびに、スーパーマーケットでこの「BIO」マークを目にする機会が増えていた。
ある程度の大きさのスーパーになると、BIO製品だけを集めたコーナーがあり、
あらゆる食材から洗剤などの日用品までがそろっている。

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     BIOのペパーミントティー。ハーブティー好きな私は何箱も購入する。


今年になって「BIO」というロゴの多さに気付き、名前から何となくオーガニック系の商品であろうことは想像がついたが、同じ商品なのにBIOマークのついていないものに比べるとかなり高い。下手をすると倍近くもする。
現地ではアパート暮らし、エンゲル係数がやたらと高い我が家には、なかなか手が伸びにくい商品で、「これ安い〜」などとはしゃぎながら、ついつい、安い方ばかりを購入してしまっていた(バカ者)。

が、しかし・・・。

映画を観ている時点で、顔面蒼白。
「安い、安い」と私が買っていたもの。
缶(あるいは瓶)詰め野菜に、お菓子に、パンに、お茶に、果てには水にも。
殺虫剤に発がん性たっぷりの農薬、化学物質。
そして、これでもかと農薬を撒き続ける映像。
農家の男性は毎日鼻血を垂らしながら農薬を調合し続け、
子どもはある日突然白血病になり倒れ、
原因不明の神経症に冒される人がいる。
いや、原因不明ではない。
もはや原因は明確だ。

BIO製品が売れて、需要があるということになれば、
スーパーのバイヤーは高くてもどんどん店に置くようになるだろう。
そしてBIO製品が必要とされれば、有機栽培の農家が増える。
それは農薬の使用量を減らすことに確実につながっていく。
つまり、各消費者がBIO商品を購入することが農薬の減量に繋がるのだ。

映画を観る前日まで、BIO製品を目にしながら、より安い商品を購入していた自分が恥ずかしく、情けなくなってきた。

こんなふうに書くと、私がまるで環境やオーガニックに関心がない人間だと思われそうだが、自分も含め家族の肌が弱かったことなどもあって、
だいぶ前からシュタイナーのバイオダイナミック農法などについても勉強していたし、
肌につけるもの、薬品、洗剤、衣類などは徹底比較した上で
極力オーガニックのものを使っている。

ただ、食品に関しては、オーガニック物にもろ手を挙げて「傾倒する」ことに抵抗があったことは否めない。
日本で有機野菜を買おうと思えば、色々な業者があり、今では選択肢も広い。
そうして購入した野菜は「もうスーパーの野菜が食べられないほど美味しい」とよく聞く。
それは本当なのだろうと思うし、自分でも経験はある。

しかし、ビーガンの方々やマクロビオテックを日々実践していらっしゃる方々の徹底ぶりに、身体には良いと分かっていても、私にはとても無理だなぁ、と気圧されたことは何度もあったし、何より有機栽培の食品は高い(苦笑)。
有機農業の労働対価を考えれば当然なのだが、やっぱり高い。

そして、それ以上にひっかかる思い出があった。
幼い頃から食べることが大好きで、食に対して関心が高かった私は、だいぶ前に山形の有機栽培農家へフィールドワークとして数週間泊まり込んで、有機農業をお手伝いさせていただいたことがある。
その時に農薬を使って草一つ生えていない美しい畑を横目に見ながら、
農薬を使わない草ぼうぼうの畑で朝から晩まで
終わるとも思えない草取り作業をくり返した。
一日汗水たらして草を刈っても、作業が進んでいるようには思えなかったほどだ。

それでも有機農業に興味津々の学生だった私は、
土の匂いを顔の近くに感じながら楽しんでいた。
しかし、お世話になった農家の方が「有機農業に賛成ってわけじゃないんだ」と
ぼそっとつぶやかれたのだ。
「でも、東京のお金持ちの人が買うから」と。

私はどう頑張っても、フィールドワークに来ただけの学生。
何日かすれば東京へ帰り、草取りとは無縁の生活に戻る。
でも彼らは農薬を使わないために、これからもずっと、きっと有機栽培農家を続けていく限り草取りを続けるのだ。
東京のお金持ちのために。

彼のつぶやきを聞いた時、若かった私は何とも言えない複雑な思いにとらわれ、
申し訳ないような気持ちさえ覚えてしまった。
その気持ちをぬぐい去れないまま、今日まで来てしまったのだ。
そしてそれはロハスとかエコという言葉が一人歩きすればするほど
強まっていたことも確か。

しかし、それはたった一人の人の意見に過ぎなかった。
強い情熱を持って有機農業をされている方も沢山いたことだろうし、
そちらの方が圧倒的だったはずだ。
だからこそ、有機農業のことを知って欲しくて、私たち東京の大学生を受け入れたりまでしてくれていたのだ。
私が持っていた長年の「ひっかかり」は、映画を観終わった後、消えていた。

環境問題を考える時、世界を変えていくには子供達と母親の役割が大きいことを、
この作品は教えてくれる。
ロシアの文豪ドストエフスキーの「美こそ世界を救う」という言葉を掲げ、
この作品が自然の美しさへのオマージュでもあると監督は言う。
美しさを守ることこそ、子供達の未来を守ることなのだと。

今夏、ヨーロッパアルプスに登っていてまず感じたのは
氷河が確実に減っていることだった。
地球温暖化をこれほどまでに身を以て感じたのは、初めてだと言ってもいい。

今すぐにでもできることは沢山ある。
母としてだけではなく、一人の人間として、
世界を変えていくこと、子どもたちの食を守ることを
今日から始めていきたいと思う。



映画『未来の食卓』
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by sorapis | 2009-09-21 03:07 | Review:カルチャー

シンガーソングライターるりかけすの山と本とサブカルな日々の話。
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